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他人を批判するなってなに??

リビングライフのテーマは、「批判を捨てなさい(ローマ人への手紙14章1-6節)」です。

14:1 信仰の弱い者を受けいれなさい。ただ、意見を批評するためであってはならない。
14:2 ある人は、何を食べてもさしつかえないと信じているが、弱い人は野菜だけを食べる。
14:3 食べる者は食べない者を軽んじてはならず、食べない者も食べる者をさばいてはならない。神は彼を受けいれて下さったのであるから。
14:4 他人の僕をさばくあなたは、いったい、何者であるか。彼が立つのも倒れるのも、その主人によるのである。しかし、彼は立つようになる。主は彼を立たせることができるからである。
14:5 また、ある人は、この日がかの日よりも大事であると考え、ほかの人はどの日も同じだと考える。各自はそれぞれ心の中で、確信を持っておるべきである。
14:6 日を重んじる者は、主のために重んじる。また食べる者も主のために食べる。神に感謝して食べるからである。食べない者も主のために食べない。そして、神に感謝する。
ローマ人への手紙14章1-6節

信仰の強いとか弱いとか、それによって人を批判してはいけないことは良くわかります。理由としては、聖徒の信仰を導いておられるのは、神であるからです。しかし誤解を恐れず言うと、正直なところ理解しにくいのは、信仰以外のことでも人を批判すること、すなわち裁いてはならないという意見です。

極論のようですが、例えば殺人などの犯罪行為についてもその行為について批判することはいけない、ただ主に祈りなさいと言います。言うもでもなく祈ることは大切だし、いつの日か神様は必ず裁くわけですが、この地上における秩序はどう考えるのでしょうか。人は自ら何もせず、ただ神様に祈り、神様にお任せすることがこの地上で生きる、ただ1つの方法でしょうか。神など居ないとする人に対しては、どう考えるのでしょうか。偉い人教えてください。

リビングライフの解説のページに、次のような問いかけがありました。

  1. 自分よりも信仰が弱い人たちを無視し、さばいていませんか。神はその人の信仰も成長させておられるのです。
  2. すべきことを決定するとき、それが主の栄光のためのものであるか、主の国のためであるかを基準にしていますか。

みなさんはどうですか?

公開 2007年10月9日 21:56 投稿者 admin
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