朝から強烈な日差しが照りつけ、じっとりとした不快な熱気がまとわりつく夏の朝。空は晴れているものの、
時折大きな雲が太陽を遮り、どんよりとした湿気が街を包み込む。〇〇は重い足取りのままにオフィスのドアをくぐった。
この部署に異動してちょうど一年。少しミスが多い自覚はあるものの、性格はまじめで言われた仕事は実直にこなしてきた。
しかし、今の〇〇の心はすっかり冷めきっていた。
〇〇の担当業務は、グループ会社から上がってくる文房具やPC周辺機器といった「間接材」の購買依頼の処理だ。
他部署の人間が「これを買いたい」と申請してきた内容をチェックし、購買担当者へとシステム上で右から左へ流す単純作業。
創造性は一切いらない。
マニュアル通りに、1文字のミスもなく正確にボタンを押すことだけが求められる世界だった。
この職場は、社内でも「最終処分場」と噂される場所だった。
親会社やグループ会社の開発や営業などで、使えないとされた人間ややる気を失った者が行き着く果て。
この部署のトップであるマネージャーは高卒の現場上がりで、マネジメントの知識など皆無。
何かトラブルが起きるたびにただ発狂し、言い返してこない気の弱い人間だけを狙って大声で恫喝する男だ。
特に何か仕事上の実害が出たわけでもないのに、自分の手順やプライドが少しでも脅かされたと感じると、
「俺に失礼だ!」と顔を真っ赤にして怒鳴り散らす。
職場の誰もが、次は自分がターゲットになるのではないかと怯え、トゲトゲした空気が張り詰めている。
そんな空間に一秒でも長くいたくなくて、〇〇は毎日、始業滑り込み出社を続けていた。
午前十時、ある部署からの購買依頼画面を前に、〇〇の手が止まった。
マニュアルに記載のないイレギュラーな勘定科目が指定されている。
少し不器用なところがある〇〇は、自分で考えて適当に処理をして、あのマネージャーに「俺に失礼だ!」と発狂されるのを何よりも恐れた。
だからこそ、意を決して、チームをまとめるリーダーの女の元へと向かった。
「あの、リーダー。今よろしいでしょうか。この間接材の申請、勘定科目が通常と違うのですが、どう処理すべきか確認したくて……」
リーダーの女は、パソコンの画面から目を離さないまま、あからさまに深いサバサバとしたため息をついた。
マネージャーの理不尽な怒号が日常茶飯事のこの職場で、この女自身も心のゆとりを完全に失っているようだった。
椅子の向きをガタリと変えると、冷徹な視線を〇〇にぶつけてきた。
「もう一年も経っているのに分からないの?自分で考えてみて!」
周囲の席からキーボードを叩く音が不自然に止まり、すぐにまた何事もなかったかのように再開された。
「すみません……」
それ以上、言葉が出なかった。
頭が真っ白になり、血の気が引いていくのが分かった。単純作業だからこそ、「1年経っても一人で処理できないのか」と詰められる。
しかし、イレギュラーへの対応方法も教えずに突き放すのは、リーダーとして育てる気も、責任を取る気もない証拠だった。
上が発狂すれば下は冷酷に詰める。
終わっている。
この空間のすべてが終わっている。
デスクに戻り、震える手でマウスを握りながら、〇〇はただ時間が過ぎるのを待った。
定時のチャイムが鳴ると同時に、鞄を掴んで立ち上がる。誰も「お疲れ様」とは言わない。
オフィスを一歩出ると、まだ外は驚くほど明るかった。
夏の長い西日がアスファルトに反射し、容赦なく目に突き刺さる。
昼間の熱気がそのまま残るような、モワッとした不快な蒸し暑さの中を歩く。
まじめにやることが、これほど馬鹿らしく思える環境があるなんて知らなかった。
けれどまだ明るい空を見上げていると、あの泥舟のような職場の理不尽に、自分の心まで沈められる必要はないのだと思えてくる。
「明日は、自分のために仕事をしよう」
じっとりと汗ばむ首元をハンカチで拭いながら、〇〇は小さく呟いた。
強烈な西日を背に受けながら、〇〇は足を進めた